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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)31号 判決

神戸市兵庫区会下山町三丁目一四五番地の九

原告

共同株式会社

右代表者代表取締役

岡田文恵

右訴訟代理人弁護士

山下更一

神戸市兵庫区水木通二丁目一番四号

被告

兵庫税務署長

山川忠利

右指定代理人検事

松本佳典

佐治隆夫

岸下秀一

井上正雄

馬場文明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年五月二一日付で原告の昭和五四事業年度の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定の各処分のうち所得金額五九万五五四二円、税額〇円を超える部分および過少申告加算税賦課決定の全部を取り消す。

2  被告が同日付で原告の昭和五五事業年度の法人税についてした更正および過少申告加算税賦課決定の各処分のうち所得金額一一五六万〇三九四円、税額〇円を超える部分および過少申告加算税賦課決定の全部を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、不動産の賃貸及び管理業を営む資本金九万九〇〇〇円の株式会社であり、法人税法一二一条の青色申告書の提出の承認を受けた同法二条一〇号に規定する同族会社である。

2  原告は、被告に対し、昭和五四年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下、「昭和五四事業年度」という。)分及び昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下、「昭和五五事業年度」という。)分の各法人税確定申告書をそれぞれの法定申告期限内である昭和五五年二月二九日及び昭和五六年二月二八日に提出した(別表1及び2の各「確定申告」の欄)。

3  被告は、原告が提出した昭和五四事業年度分及び昭和五五事業年度分の各確定申告書記載の所得金額及び税額等がその調査したところと異っているとして、昭和五七年五月二一日法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(別表1及び2の各「更正処分」の欄、以下右更正処分を「本件更正処分」、右過少申告加算税の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」、右両処分を併せて「本件処分」という)。

4  原告は、昭和五七年七月二〇日に本件処分について被告に対し異議申立てをした(別表1及び2の各「異議申立て」欄)が、被告は、昭和五七年一〇月一九日いずれも棄却の決定をした(別表1及び2の各「異議決定」欄)。

5  原告は昭和五七年一一月二〇日国税不服審判所長に対して審査請求をした(別表1及び2の各「審査請求」欄)が、同所長は、昭和六〇年六月二八日いずれも棄却の裁決をし(別表1及び2の各「裁決」欄)、原告は同年七月二〇日その裁決書騰本を受領した。

6  違法事由

(一) 事実関係

(1) 原告は、神戸市長田区蓮池通四丁目二番地外の宅地一六九三平方メートル及び同地上の木造瓦葺平家建の建物三棟(以下右宅地を「本件土地」、右建物を「本件建物」といい、これらを併せて「本件不動産」という)を所有し、原告の代表者岡田文恵(以下「文恵」という)の長女岡田文代(以下「文代」という)に本件建物の貸家の家賃の集金等の管理をさせていた。

ところが文代が結婚、出産のため管理できなくなったので、原告は、昭和三八年七月からは、岡田株式会社(以下「岡田」という)に右貸家の管理を委託し、岡田はその後右貸家の集金、借主との立ち退き交渉等を行い、八軒分の立ち退きに成功し、五軒分は交渉したが成功しなかった。

(2) 原告は、昭和五四年四月二七日、本件不動産を関兼建設株式会社(以下(関兼建設」という)に売却した。

そこで原告は、同年七月七日、岡田に対し、立ち退きに成功した八軒分の報酬、立ち退きに成功しなかった五軒分の交渉の労務の対価等、前記管理費用の一部として、金五〇〇〇万円(以下「本件五〇〇〇万円」という)を支払った。

(3) 原告は、昭和五四年事業年度において右五〇〇〇万円のうち三五〇〇万円を本件不動産の売却益から控除し、残りの一五〇〇万円を岡田に対する仮払金として経理した。

さらに、原告は、昭和五五年事業年度において、右仮払金経理した一五〇〇万円を、岡田に対する本件建物の入居者の立退交渉費として雑損失勘定に振り替え損金経理した。

(二) 以上の事実に照らせば、原告が昭和五四事業年度に、岡田に支払った本件五〇〇〇万円のうち三五〇〇万円を本件土地の売却益から控除し、また五五事業年度に、一五〇〇万円を立ち退きが不成功に終わった件の交渉費として損金経理したのは、いずれも正当で、これを売却利益計上申告漏れとし、また否認して各事業年度の原告の所得金額に加算したうえなされた被告の本件処分は違法で取り消されるべきである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし5の事実は認める。

2(一)  同6(一)(1)の事実中、原告が本件不動産を所有していた事実は認め、原告が岡田に対し、本件不動産の管理を委託し、右会社が現実に管理をしていたことは否認し、その余は知らない。

(二)  同(2)の事実中、原告が本件不動産を関兼建設に売却したことは認めるが、その余は否認する。

本件五〇〇〇万円は、原告の代表者である文恵が岡田の代表取締役である岡田正光(通称昌三。以下「正光」という)に対し、同人及び同人の家族の渡米費用として支出したものである。

(三)  同(3)の事実は認める。なお岡田は本件五〇〇〇万円につき、これを受領した旨の合計処理は何らしていない。

(四)  同6(二)の主張を争う。

三  被告の本件処分の適法性についての主張

1  本件処分の内容

右本件五〇〇〇万円は、原告の代表取締役である文恵が、同人の長女文代の夫で岡田の代表取締役である正光に対し、正光及び同人の家族の渡米費用として支出したものであるので、被告は、本件五〇〇〇万円の支払いは原告の代表取締役の文恵の個人的な費用の支出であると判断し、次のとおり本件更正処分をしたものであり、何ら違法はない。

(一) 昭和五四事業年度分

加算金額の内容

固定資産売却益計上漏れ額 三五〇〇万円

原告は昭和五四年七月七日、岡田に対し本件不動産の管理費用として支払った五〇〇〇万円のうち三五〇〇万円を本件不動産の売却益から控除していたが、当該金額は右売却益から控除すべきものではないので所得金額に加算したものである。

(二) 昭和五五年事業年度分

(1) 加算金額の内容

(イ) 立退交渉費の否認額 一五〇〇万円

原告は、岡田に支払った右五〇〇〇万円のうち昭和五四事業年度において仮払金経理した一五〇〇万円を当期に本件建物の入居者の立退交渉費として雑損失に振り替え損金経理をしたが、当該金額は原告の損金として認められないので、所得金額に加算したものである。

(ロ) 弁護士費用の否認額 五五万五五五五円

原告は、別件の民事訴訟のために支出した弁護士費用五五万五五五五円を雑費として損金経理したが、当該金員は右訴訟の当事者である訴外株式会社岡田羅紗店及び岡田耕平(岡田文恵の配偶者。以下「耕平」という)が負担すべきものであり、原告の損金として認められないので所得金額に加算したものである。

(2) 減算金額の内容

未納事業税の認容額 四三一万六三四〇円

被告がなした昭和五四事業年度分の更正処分に伴い原告が納付することとなる事業税の金額四三一万六三四〇円を当期の所得金額から減算したものである。

2  本件更正処分の適法性

原告は、関兼建設に対し、原告所有に係る本件不動産を売却した際、その管理費用名目で岡田に本件五〇〇〇万円を支払ったとして昭和五四事業年度において本件五〇〇〇万円のうち三五〇〇万円を本件不動産の売却益から控除するとともに残りの一五〇〇万円を岡田に対する仮払金とし、昭和五五事業年度において、右一五〇〇万円を雑費(入居者の立退交渉費)としてそれぞれ経理処理したのであるが、本件五〇〇〇万円は、次のとおり、本件不動産の管理費用として岡田に支払ったものとは認められないものであったから、被告は、原告の右各経理処理を否認し、本件処分をしたのであり、本件処分には次に述べるとおり何ら違法はない。

(一) 本件五〇〇〇万円の支払いの経緯

(1) 岡田は、その設立後昭和三八年ころまでは耕平、文恵夫婦及び正光、文代夫婦らによって経営されていたが、耕平・文恵と正光・文代との親子間の対立が発生し、また、同社の経営をめぐっても右両夫婦間に対立が生じ、このため右対立の解決を図るため正光・文代の仲人をした訴外早川武夫が仲裁し、右両者間に合意が成立し、昭和四一年一二月二二日付け(但し、確定日付けは同五四年八月一八日付け)覚書(乙第四号証)が作成された。

そして、右覚書において、耕平・文恵は文代が昭和三四年に贈与を受けたと主張してその引渡を求めていた本件不動産については同女に引渡さないとするが、その代償として菊水山の土地等を同女に引き渡す旨を合意した。

(2) しかし、その後においても右両者間の対立は解消されず、正光・文代は渡米を決意するに至り、右菊水山の土地等の引渡しを耕平・文恵に要求し、さらに交渉が持たれた結果、耕平・文恵が正光・文代に本件不動産を有姿のまま引渡す旨合意され、その後、一時は原告が岡田に本件不動産を売却することになったが、これも変更されて最終的には、原告が関兼建設に本件不動産を売却し、当該売却代金を正光・文代に支払うことになった。

(3) ところが、耕平・文恵から正光・文代に右売却代金を贈与すれば、贈与税及び法人税等が課税されるので、右両者は、昭和五四年五月ころ、これを免がれる目的で、原告が岡田に本件不動産の管理を昭和三八年七月三一日から委任していたことにし、同日付けの原告・岡田間の委任状(乙第八号証)を作成した。

そして、岡田は、右委任状に基づき、昭和五四年五月二日付けで原告に対し本件不動産の管理費用として三七〇〇万円を請求し、また、同月一〇日付けで一五〇〇万円の前借りの依頼をした。

(4) ところが、岡田の右請求及び前借り依頼にもかかわらず、原告は、いずれの支払いもなさなかったので、渡米時期が迫ってきた正光・文代は、文代が所有している骨とう品を売却し渡米資金をねん出することにしたところ、耕平・文恵との間で、文代が耕平・文恵から返還を要求されていた当該骨とう品を引き渡すことなどの見返りに耕平・文恵が、正光・文代にその渡米資金として本件五〇〇〇万円を与える旨の合意が成立し、昭和五四年七月七日、訴外島居義侑(正光の実兄)の立会いの下で、正光・文代は耕平・文恵から本件五〇〇〇万円を受け取った。

(二) 本件五〇〇〇万円の性格

(1) 本件五〇〇〇万円は、前記(一)(4)のとおり、文代が保管していた骨とう品を耕平・文恵に引渡すこと等の見返りに、同人らから正光・文代が受け取った右両者間の個人的な取引であるというべきであり、原告及び岡田間の本件不動産に関する管理委託契約とは何らの関係もなく、そもそもかかる管理委託契約自体存在していなかったものである。

したがって、耕平・文恵が、本件五〇〇〇万円を正光・文代に与えた趣旨は前記(一)・(4)記載のとおり、同人らの渡米資金として個人的に与えられたものと認められる。

(2) なお、原告は、耕平・文恵が岡田の従業員として本件不動産の実際の管理をしていたとも主張するが、本件不動産の所有者は原告であり、その代表取締役である文恵が当該管理を自ら実際にしているのであるから、原告はことさらに当該管理を岡田に委任する必要など存せず、原告が、本件不動産の管理を岡田に委任したとは到底認められない。

四  被告の右主張に対する原告の認否及び反対主張

1  被告の本件処分の適法性についての主張1の事実中、本件五〇〇〇万円は文恵が正光に対し同人等の渡米費用として支出したものであること、原告の昭和五四事業年度分の加算金額三五〇〇万円が売却益から控除すべきものではないこと、昭和五五年度分事業年度分の加算金額一五〇〇万円が損金に当らないことは否認する。

2(一)  同2(一)の事実中、耕平・文恵夫婦と正光・文代夫婦の間に、当時親子間の対立とでも称すべき紛争があり、結局正光夫婦が渡米することになったことは認める。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

3  原告の反対主張

(一)(1) 原告は、昭和一七年、現在の代表者文恵の実父岡田文太郎を中心として設立されたが、同一九年同人が病に倒れて後は、法人としての活動をほとんどせず、いわば休眠会社的な状態となっていた。ただ、その所有する不動産の管理の必要があり、昭和二五年ころから文恵の長女文代が蓮宮所在の貸家の家賃の集金等をしていた。

(2) しかし、文代が結婚、出産のため管理することが不可能になったので、昭和三八年七月からは岡田に右貸家の管理を委託したことは、前記のとおりである。

岡田は、訴外岡田縫製株式会社(以下「岡田縫製」という)と同様昭和三七年設立され文代の夫正光が代表者になっていた。そして同社は、訴外株式会社岡田羅紗店から引き継いだ繊維部門及び不動産部門のの二つの事業部門をもち、不動産部門において前記貸家の管理、即ち家賃の集金や借主との立ち退き交渉等を行った。実際のこれらの行為は、当時繊維部門を岡田に引渡し、余力のあった耕平・文恵夫婦が岡田の従業員として他の従業員山田敬三や耕平夫婦の知人粂久吉と共に担当するほか、岡田と同一経営態の岡田縫製の工場を当地に設置し、その他の岡田の従業員を当該貸家の一部に居住させて日常の管理に当たらせていたのである。耕平夫婦は当時岡田の従業員として給与を受領していた。

このように、原告が岡田に対して蓮宮所在の貸家の管理を委任し、岡田が現実に管理をしていたのである。

(二) 原告は、岡田の代表者正光夫婦の渡米に際し、その費用や岡田の神戸での事業閉鎖に伴う費用に当てる資金を捻出するため、本件不動産を売却し、その売却代金の中から管理料を支払うこととしたものであるが、その遠因として耕平・文恵夫婦と岡田正光・文代夫婦の間の親子間の対立とでも称すべき紛争があるとしても、このことから、本件五〇〇〇万円の授受の性格が単なる個人間の取引というのは、短絡に過ぎる。授受された金銭の将来予想される使途と、その金銭の直接的な支払原因とは区別されるべきである。とりわけ、原告や岡田のように小規模な同族社会においては、代表者等会社に深く関与している者の個人的な動機によって会社の財産が運用されることは稀ではなく、経理上の評価が、その個人的動機によって左右されてはならない。本件五〇〇〇万円は、岡田が本件不動産を従前から管理していた事実に基づいて、原告より岡田に支払われたのである。

そもそも、本件不動産の売却先である関兼建設から岡田に直接支払われた実質的売却代金の一部四五〇〇万円については管理費用と認めながら、同様の性格を持つ本件五〇〇〇万円についてはこれを否定する被告の処分は到底納得できるものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求の原因1ないし5の事実、原告が本件不動産を所有していたが、関兼建設に売却した事実、原告がその主張のとおり本件五〇〇〇万円を経理した事実は当事者間に争いがない。

二  被告は、原告の代表取締役である文恵が、個人的に正光に対し、本件五〇〇〇万円を正光及びその家族の渡米費用として支出したもので、右支出は入居者の立ち退き交渉費など本件不動産の管理費用ではなく、その売却益から控除すべきものではないと主張し、原告は、本件五〇〇〇万円は原告が岡田に対し本件不動産の管理費用の一部として支払ったものであると主張するので、検討する。

1  原本の存在と成立に争いのない乙第四号証、第六、第七号証、第一一号証、第一三号証、第二一、第二二号証、成立に争いがない乙第三号証、第五号証の一、二、第一二号証の一ないし七、原告代表者本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められ、原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は前示各証拠に照らしたやすく措信できない。

(一)  文恵の長女文代は、昭和三四年に結婚した。このころ文恵とその夫耕平は、出資して岡田を設立し、耕平が代表取締役に就任していたが、昭和三六年退任してその代り正光が代表取締役に就任し、耕平とともに経営に当り、耕平はその後昭和三七年には岡田の縫製部を独立させて岡田縫製を設立し、服地及び洋服の販売等の営業を営んでいた。

(二)  その後次第に岡田の経営が悪化するとともに、耕平・文恵夫婦と正光との仲が悪くなったが、昭和四一年末には、一応両者間に合意が成立し、耕平・文恵夫婦は岡田及び岡田縫製の経営から手を引き、以後は正光が中心となって岡田の経営をするようになった。しかしその後も岡田及び岡田縫製の営業は不振を続け、耕平・文恵夫婦と正光夫婦との仲も益々悪化したので、正光夫婦は、昭和五二年ころ、アメリカに移住する決意をした。

(三)  そこで正光は、岡田及び岡田縫製の事業の整理と渡米の資金の必要に迫られ、耕平夫婦に対し、かねて耕平夫婦が文代に嫁資として贈与を約していた本件不動産を文代らに譲渡するよう要求し始め、他の親族も交えて交渉がなされた。その当時原告及び神戸洋服株式会社(以下「神戸洋服」という)は事実上耕平夫婦と、岡田及び岡田縫製は事実上正光夫婦と、それぞれ同一視できる関係にあった。

右交渉の結果、昭和五四年二月二四日ころ、耕平夫婦と正光夫婦との間で、正光に岡田及び岡田縫製の事業を整理し渡米する資金を与える趣旨で、原告が岡田に本件不動産を譲渡することとし、正光がこれを他に売却処分して前記資金を捻出する一方、正光らは岡田及び岡田縫製をしてその占有中の不動産を耕平夫婦ほかに明渡しさせるなどの合意が成立した。

(四)  ところが右合意が税務署の知るところとなり、これをそのまま実行するときは多額の税金を課せられる恐れがでてきたので、改めて当事者間で交渉が行われた結果、同年三月二一日ころ、前記合意を改めて、原告が正光の紹介した関兼建設に本件不動産を売却し、その売却代金のうちから金一億円を正光に管理費等の名目で与えること、正光夫婦は岡田及び岡田縫製が占有中の不動産を耕平夫婦らに明渡すなどの合意が成立した。

(五)  そこで耕平夫婦及び正光は、右合意に従って、関兼建設との間で、原告は関兼建設に本件不動産を代金二億三〇〇〇万円で売渡すこと、ただし正光に前記の一億円を与えることに伴う税金対策上、右代金額は表向き一億八五〇〇万円とし、差額の四五〇〇万円は、前記の一億円の一部として、関兼建設から岡田に対し入居者の明渡に関する費用の名目で支うことなどを合意し、また耕平夫婦と正光は、前記一億円の残金の支払として、神戸洋服から岡田に対し、金五〇〇〇万円を管理共益費の名目で交付し、原告から岡田に対し、金五〇〇〇万円を管理費用の名目で交付することなどを約した。そして右合意の実行として、正光に対し、同年四月二七日、関兼建設は岡田に対し金四五〇〇万円を、同月二八日、神戸洋服は岡田に対し金五〇〇万円をそれぞれ支払った。しかし耕平夫婦は正光に対し残金五〇〇〇万円を支払わなかったので、正光夫婦は、文代所有の骨董品を売却して必要資金を捻出しようとしたところ、これを知った耕平夫婦と正光夫婦との間で、文代が右骨董品を引き渡すのと引き換えに、耕平夫婦が残金五〇〇〇万円を支払うとの合意が成立し、同年七月七日、耕平夫婦は島居義侑を通じ正光に対し、正光が渡米しない場合には返却することを約させたうえで、正光の渡米費用として小切手で本件五〇〇〇万円を支払い、正光は同月一〇日右小切手を取立てた。

2  右認定の事実によると、本件五〇〇〇万円は、耕平夫婦が正光夫婦との間の前示合意に基づき、文代保管にかかる骨董品を同人から引渡を受けるのと引き換えに、本来は原告の所有に属する本件不動産の売却代金の中から正光夫婦に支払いしたものであって、右支払は原告及び岡田の両会社間の本件不動産管理委託契約とは何らの関係もないものといわなければならない。

3  原告はこの点に関し、原告は岡田に対し、昭和三八年七月三一日から本件不動産の管理を委託していた旨主張し、なる程乙第八号証(昭和三八年七月三一日付けの委任状)の本文には、岡田を代理人と定め、本件不動産の管理及び納税に関する権限を代理させる旨の記載があり、作成者として原告の名称を肩書にした岡田文太郎の氏名の記載とその名下に岡田の印影があり、原告代表者本人尋問の結果中にも右主張に沿うものがあるが、成立に争いのない乙第一四、第一五号証によると、岡田意文郎は昭和二二年五月三一日原告の代表取締役及び取締役を退任し、右委任状の作成日付の当時は原告の取締役でもなく中風で病臥中であったことが認められ、この事実と前示乙第五号証の二によると、右乙第八号証は、本件不動産を関兼建設に売却したことによる税金を免れる目的で、岡田がその管理を担当し固定資産税等の諸経費も負担していたように仮装するため、昭和五四年五月ころ作成された偽造のものであることが認められ、右本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信できない。なお成立に争いのない甲第四号証、前示乙第一四号証、原告本人尋問の結果によると、岡田文太郎は原告の設立当時の代表取締役であり、本件土地につき原告のための所有権移転登記に先立って所有権移転請求権仮登記を経由していることが認められるものの、岡田文太郎の前示取締役退任の時期及び乙第八号証の作成日付の当時の健康状態からみて、その当時原告の代表取締役に代りうる最高責任者であったものとたやすく認定できないから、右乙第八号証は原告の右主張の証拠とはならない。よって原告の前記主張は理由がないといわねばならない。

4  また原告は、仮に本件五〇〇〇万円が正光夫婦の渡米費用に当てる目的で支払われたとしても、岡田が従業員である耕平夫婦及び山田や、耕平夫婦の知人粂久吉に担当させて現実に本件不動産の家賃の集金や借主との立ち退き交渉などの管理を行ったのであるから、本件五〇〇〇万円の支払原因は岡田のした右管理にあり、したがって本件不動産の売却益の計算上損金に計上することは正当である旨主張し、なる程前示乙第四号証、第五号証の一、成立に争いのない乙第三号証、第九、第一〇号証、原告代表者本人尋問の結果によると、昭和四一年末以前においては、本件不動産は耕平夫婦が管理しその収益も取得していたこと(乙第四号証の第一〇項)、その後も耕平夫婦が本件不動産を管理しその収益も取得していたこと、昭和三八年一〇月以降昭和五〇年二月までの間、本件建物のうち六軒の借家人に対し明渡の交渉、調停、仮処分、訴訟などがなされ、そのうち五軒が明渡をしたこと、昭和五三年一月一日以降、本件建物に居住する借家人に対する明渡交渉は、専ら文恵及びその知人粂久吉が当たったことが推認ないし認定できる。しかし、文恵が原告の代表者であることからみると、原告から岡田に委託された管理業務を原告の代表者である文恵ないしはその夫耕平が岡田の従業員として担当していたとするのは極めて不自然で、しかも文恵の右管理行為の結果原告が岡田に一億円もの管理費用を支払わねばならないとすると商法第二五四条にも違反する虞れがある。また原告代表者本人尋問の結果によると、原告が右耕平夫婦のなした管理が岡田の従業員としての立場でなされたと主張する根拠は、耕平夫婦が岡田から給与を受取っていたというにあるところ、岡田の代表者である正光との間の対立関係からすると、耕平夫婦が岡田のためにする意思で本件不動産を管理していたものとはたやすく断定できないばかりか、前示のとおり本件不物産の収益は岡田ではなしに耕平夫婦が取得していたことが認められる一方、岡田に対しその管理の状況の報告がなされた形跡もない。更に前示乙第五号証の二、第一三号証によると、岡田は、原告に対する管理料の請求を取り消していることが認められ、その事実によると、岡田は管理業務を行っていなかったことを自認しているものと認められる。なお原本の存在と成立に争いのない乙第二五、第二六号証、原告代表者本人尋問の結果によると、本件不動産の内三軒の貸家には岡田の社員三名が居住していたことが認められるものの、右居住が岡田による本件不動産の管理業務の裏付けとなるとは認められない。

5  これらの事実からすると、原告と岡田との間には本件不動産の管理業務を委託する契約も、また岡田において原告のために本件不動産を管理した事実も存在せず、したがって本件五〇〇〇万円は、その管理費用ないしは管理報酬の支払としての性格を有するものではないといわなければならない。成立に争いのない甲第三号証は、前示各認定のところからすると、ためにする目的で作成されたものと認められるから、措信できない。なお原告は、関兼建設が岡田に支払った前示四五〇〇万円については被告は管理費用と認めている旨主張するが、岡田が管理費用(そのなした管理業務の対価)として収益に経理したことは岡田の所得をことさら減算するものとは認められないから、被告が右経理を否認しなかったからといって格別本件処分と均衡を欠くものではない。

三  してみると原告が岡田に対し本件不動産の管理費用として金五〇〇〇万円を支払うべき義務はないから、それにもかかわらず本件五〇〇〇万円の支払をしたものとして、そのうち三五〇〇万円を昭和五四事業年度の法人税の確定申告において本件不動産の売却益から控除し、残額一五〇〇万円を昭和五五事業年度の法人税の確定申告において本件建物の入居者の立退交渉費として雑損失に振り替え損金として経理した原告の措置は架空のものであって許されないものといわねばならない。また弁論の全趣旨によると、昭和五五事業年度の法人税の確定申告において、原告が雑費として経理した別件の民事訴訟の弁護士費用五五万五五五五円は、右訴訟の当事者である株式会社岡田羅紗店及び耕平が負担すべきもので原告の損金として認めることができないことが明らかである。

右のところに従って原告の右各確定申告の所得額の計算上損金を否認し益金に加算し、これに応じて原告が昭和五四事業年度分法人税において原告が納付することとなる事業税の金額四三一万六三四〇円を昭和五五事業年度の所得金額から減算した本件更正処分は適法であり、右加算と減算の結果により過少申告加算税を賦課した本件賦課決定処分もまた適法である。

四  よって原告の本件各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 小林一好 裁判官 植野聡)

別表一

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日 事業年度分

〈省略〉

(注) 1 「差引所得に対する法人税額6」欄は、100円未満を切り捨てている。

2 「差引納付すべき税額10」欄は、正の数字の場合10円未満を切り捨てている。

別表2

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日 事業年度分

〈省略〉

(注) 1 「差引所得に対する法人税額8」欄は、100円未満を切り捨てている。

2 「差引納付すべき税額12」欄は、正の数字の場合10円未満を切り捨てている。

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